*All archives* |  *Admin*

2018/05
≪04  1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30  31   06≫
音の森の中に生きる道を見つけた、青年の物語。 『羊と鋼の森』
『羊と鋼の森』  宮下 奈都 ★★★★☆



ゆるされている。世界と調和している。それがどんなに素晴らしいことか。言葉で伝えきれないなら、音で表せるようになればいい。
ピアノの調律に魅せられた一人の青年。彼が調律師として、人として成長する姿を温かく静謐な筆致で綴った、祝福に満ちた長編小説。
(「BOOK」データベースより)







音という目で見えない世界を、文章でどのように表現するのか。
冒頭の部分で、タイトルからは全く想像できないピアノの世界がどうやらこの物語のテーマらしいと気づいたとき、そこに興味がわいた。

主人公の青年が、はじめてピアノの調律の音と出逢ったとき、彼は「森の匂い」を感じた。
音を色や景色で例えることはよくあるが、匂いで例えた文章に出逢ったのは、記憶にない。
その森は、秋の、夜の入り口の、静かで、あたたかな、深さを含んだ森だった。(p8)
その奥深く凛とした音の森に、彼はそこから足を踏み入れていく。

私も昔、そこそこ長くピアノを弾いていたが、「羊と鋼の森」を感じたことはなかった。
ピアノの新しい魅力に気づかせてくれる、素晴らしい表現だと思う。

私は、この作品を通して、主人公の成長過程や物語よりも、主人公がピアノを通して自分と向き合う場面(とくに序盤)がとても印象に残った。
その一つが、先ほど書いた、彼がピアノの音と出逢う場面であり、
また、p19~20にある、「美しいものに(知っていたのに)気づかずにいた」ことに気づく場面だった。
彼の目を通して、私も自分の記憶と心を辿り、「気づかずにいた美しいもの」に気づくことができた。

それから、主人公の同僚の柳さんが、感覚が繊細で、公衆電話や看板の不自然で派手な色が許せなかったり、道を歩いていると世界がどうしようもなく汚く見えてしまったりして苦しくなり、メトロノームの秩序立った音に救われた、というエピソードには、とても共感した。
自分自身もそうだし、身近にもそういう人がいる。(その人は数字に敏感で、色がついたり動物に見えたりする、いわゆる「共感覚」をもった人です。)

「世界との調和」というこの作品のテーマは、私自身の心にすっと沁みこんでくるものがあった。








==============

ドイツ語の読む=レーヴェンと言う言葉は、本を読むことであると同時に、収穫物をえり分け摘み集める事と、自然の産物を拾い集めることを意味する。(種村季弘)




今まで読んだ本の記録→本棚
レビューの記録だけでなく、引用も記録できるので、重宝しています。
引用だけをまとめて見ることもできるので、時々、まとめて読んでいます。
本の感想を書き込もう web本棚サービスブクログ

興味のあるジャンルの本にもっと出会うべく、こちらも始めてみました。


にほんブログ村 その他日記ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

テーマ : 読んだ本。
ジャンル : 本・雑誌

tag : ピアノ 本屋大賞 宮下奈都

教養とは視野を広げ、考えを深めるための“ツール”だ。 『人生を面白くする本物の教養』
『人生を面白くする本物の教養』  出口 治明 ★★★★☆



教養とは人生における面白いことを増やすためのツールであるとともに、グローバル化したビジネス社会を生き抜くための最強の武器である。その核になるのは、「広く、ある程度深い知識」と、腑に落ちるまでの考え抜く力。
そのような本物の教養はどうしたら身につけられるのか。
六十歳にして戦後初の独立系生保を開業した起業家であり、ビジネス界きっての教養人でもある著者が、読書・人との出会い・旅・語学・情報収集・思考法等々、知的生産の方法のすべてを明かす!
(裏表紙より)







この手の本は読みたいと思っても、言葉が難しかったり著者の意見と合わなかったりでなかなか読み進められないことが多いけれど、この本は文体もシンプルで、教養に対する基本的な考え方が一致していたこともあり、読みやすかった。新たな発見があったというよりは、自分の考え方や価値観を再認識した感じです。



「第1章 教養とは何か?」「第2章 日本のリーダー層は勉強が足りない」は、全編にわたってそうだそうだ、と頷く部分が多かった。
教養は、視野を広げ、自分の考えを深めるためのツールである。それが人生を面白くすることにつながる。
教養というと、日本の社会ではただ知識が多いだけの人がもてはやされたり、ビジネスに直結する経済や仕事のハウツーのような知識ばかりが重宝されがちだが、本物のリベラル・アーツとはそういった偏狭なものではないのだと声を大にして言いたい。
ただ、その大切さを言葉で説明するのは難しい。自分はそういったものがとても好きだけれど、それを人に説明することはなかなかできない。
そういう意味で、単に自分の人生(心)を豊かにするという側面からだけでなく、ビジネスにおける人との出会いと関わりという具体的な側面からも述べられていたのが、とてもよかった。実利主義のビジネスマンにも理解しやすいと思うからだ。

いろいろな人と公私で接する中で、単に気が合うとかではなく、本当に「面白い」と感じる(funnyではなくinterestingの意味で)人は、片手で数えるくらいしかいない。
頭の引き出しが多く、誰とでも話をすることができて、自分の世界を広げてくれる。そういう人にはなかなか出会えないものだ。
振り返ってみれば、歴史に名を残している人物は、大抵専門分野をいくつも持っている。たとえば、万有引力を発見したニュートンも、天文学(物理学)だけでなく、自然哲学、数学、物理学にも長けていたという。
今はどうか。学問が細分化・高度化する中で、学問の根幹というか、大局的な視点で学ぶ人がいなくなりつつあるのではないか。
現在生きている著名人だと、村上陽一郎氏や北野武氏、もっと身近なところでいうと林修氏(知識量ではなくスタンスとして)などが、私のイメージする真の教養人に近い。

また、本書を読む中で、日本の教育システムや学生の採用システム、社会保障制度やさまざまな社会問題について、少なからず矛盾や違和感を覚えていた部分を的確に指摘されており、具体的な海外の判例や提案も示されていて、勉強になった。



ただ、後半の海外の、特に中国の学生と日本の学生の比較になってくると、腑に落ちない部分が大きくなってきた。
読み進めるにつれて、その理由がわかってきた。
前半では、「グローバルリーダー層」に焦点を絞って話をしていたのが、後半になると「大学生」と一括りにしているからだ。けれど、その違和感は、自分が日本の「大学生」のイメージに縛られているからだろうとも思う。

改めて考えてみると、大学とはそもそも高等教育の場であるのだから、大なり小なりグローバル社会の中で多くの人と関わりながら生きていくことを目的に学んでいるはずだ。
しかし、大学は選ばなければ全入時代の今、本書の中でも書かれているように、実際にそのような志をもって学んでいる学生は、正直多くはない。
日本ではそれが当たり前だが、世界ではそうではない。そのことを意図せずに思い知らされた感もある。



通読して思ったことは、この本は基本的にはリーダー層に向けて書かれたものだということ。
もちろん、そうでない人にとっても役に立つ部分はたくさんある。
けれど、筆者が語りかけている相手は、やはりリーダー層なのだと感じずにはいられない。

世の中にはいろいろな人がいる。
英語がほとんどできなくてもノーベル賞をとった科学者もいる。
大学に行かなくても、一つの道を極めて、そこから生きる道を学んでいく、伝統芸能の職人やスポーツ選手のような人もいる。
中卒でも、ハングリー精神とコミュニケーション能力で一大事業を起こし、社長に上り詰める人もいる。
あるいは、近代文明とは無縁の、自分たちの見えている世界の中だけで暮らしている、未開の地の民族がいる。
ただし、世界を動かしていく人というのは、やはり限られた層なのだ。
知識や教養の量は、結局は機会と余裕(時間的、精神的、あるいは経済的)の有無に左右されるのだ。

日本は、世界的に見れば、物質的には恵まれており、教育の機会も均等に(長短はあるが)与えられている。
だからこそ、時代の変化とともに行き詰った今が、日本人にとって転換点なのかもしれない。





備忘録(興味をひかれた箇所)

P40 七つの分野からなるリベラルアーツ
P49 連合王国での初等教育
P57 教養とは、さまざまな相手を惹きつける人間的魅力につながる
P64 国語と数学で考える
P172 各国の社会保障支出と国民負担率
P184 フランスの少子化対策
P203 あくまでも歴史は一つである
P205 愛国心とナショナリズムは別物
P233 日本人の価値観や人生観は仕事に偏りすぎている







==============

読書の方法を知っている人はすべて、自分自身を拡大し、存在できる道を増やし、人生を有意義で、面白く、最大限に活かす力を持っている。(オルダス・ハクスレ)




今まで読んだ本の記録→本棚
レビューの記録だけでなく、引用も記録できるので、重宝しています。
引用だけをまとめて見ることもできるので、時々、まとめて読んでいます。
本の感想を書き込もう web本棚サービスブクログ

興味のあるジャンルの本にもっと出会うべく、こちらも始めてみました。


にほんブログ村 その他日記ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

テーマ : 読んだ本。
ジャンル : 本・雑誌

tag : 教養 出口治明 ビジネス 社会人

凄い詩集に出逢ってしまった。 『二十億光年の孤独』
『二十億光年の孤独』  谷川 俊太郎 ★★★★★



ひとりの少年が1対1で宇宙と向き合い生まれた、言葉のひとつぶひとつぶ。
青春の孤独と未来を見つめ、今なお愛され続ける詩人の原点を英訳付の二カ国語版で初文庫化。
著者18歳の時の自筆ノートを(一部)特別収録。
(裏表紙より)







説明するまでもないあの谷川俊太郎氏の、デビュー当時(二十歳前後)の作品を集めた詩集。
みずみずしく豊かな感性にあふれている。言葉のつかい方が素晴らしく、のびのびとした表現に満ちていて、読み手に宇宙の深淵すら感じさせる。
読み進めていくうちに世界観に引き込まれ、爽やかな感動が通り抜けた。

中でも、表題作の『二十億光年の孤独』は本当に素晴らしい。
「万有引力とは ひき合う孤独の力である
宇宙はひずんでいる それ故みんなはもとめ合う」
存在の根源的な孤独を、宇宙の広さで表現する。自分自身が満点の星空を見上げながら感じた気持ちを思い出して、胸が震えた。

巻末の山田馨氏の解説に、はっと気づかされたのは、この詩集には他者がいないということ。
少年(あるいは青年)は、その透徹した目でもって、自己の内面と正面から向き合い、言葉でもって自身と自然とを結びつけているようにさえ感じる。
だからこそ、解説にもあるように、ひとりを描いているのに暗さをまったく感じさせない。さびしさを感じるのに悲しくはならない。
それは、言葉でもって自分と超自然的なものとが1対1で結ばれているような、そんな感覚になるからなのではないかと思う。

この凛とした、透明な、静かな命の煌き。これこそ、小説であれ詩であれ、私が「言葉」に求めることに他ならない。
凄い詩集に出逢ってしまった。



蛇足ではあるが、本書の私にとっての良さは、詩そのものはもちろんのこと、先に挙げた山田氏の解説や、谷川さん自身が自身と詩作について述べている部分も本当に素晴らしい(この気持ちを表現する語彙力がないのが悔やまれる・・・)ことだ。
印象に残った部分として、一篇のバラの詩についてのエピソードがある。著者が「どんな詩の中のバラだって、本当のバラにははるかに及ばない」と言ったのに対し、より年長の詩人が「それでは詩を書く意味がないではないか」と言ったことで、詩観の相違に気づいた、という場面がある。
言葉には限界があり、すべての言葉は「本当のバラの沈黙」のためにある。言い換えると、言葉は本物と私たちを結びつけ、時により深く本物を知らしめるためにある―この著者の詩観は、私が今まで感じていた言葉というものに対する疑いやもやもやを氷解させてくれたのである。

もう一つ付け足すと、合唱曲の「COSMOS」にも「二十億光年の孤独」と同じものを感じる。
―夏の草原に 銀河は高く歌う 胸に手をあてて 風を感じる
君の温もりは 宇宙が燃えていた 遠い時代のなごり 君は宇宙
百億年の歴史が 今も身体に流れてる―
歌詞も音楽も素晴らしく、聴くたびに感動する。







==============

哲学は我々の目の前にひろげられているこの巨大な書物、つまり宇宙に書かれている。(ガリレオ・ガリレイ)




今まで読んだ本の記録→本棚
レビューの記録だけでなく、引用も記録できるので、重宝しています。
引用だけをまとめて見ることもできるので、時々、まとめて読んでいます。
本の感想を書き込もう web本棚サービスブクログ

興味のあるジャンルの本にもっと出会うべく、こちらも始めてみました。


にほんブログ村 その他日記ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

tag : 谷川俊太郎 宇宙 孤独

これが「究極のラブストーリー」なのか? 『贖罪(上・下)』
『贖罪(上・下)』  イアン・マキューアン ★★★☆☆

 


夕闇に「彼女」を襲った男は誰だったのか。
時は過ぎ、男はダンケルクへの泥沼の撤退戦を戦っている。見習い看護婦のブライオニーは作家への夢を紡いでいる。
恋人たちは引き裂かれ、再会を夢見ている。彼らの運命は?真の犯人は?1999年、すべての謎は明らかになるが――。
いつしか怒濤と化した物語は、圧巻の結末へと辿り着く。世界文学の新たな古典となった名作の、茫然の終幕。
(下巻裏表紙より)







13歳の少女が、姉の恋人に無実の罪を着せてしまい、成長した少女がその罪をどう償うのか―という物語である。
精緻な描写と衝撃のどんでん返しが高く評価されているという。
その点に関しては、確かにその通りだと思う。
けれど、上巻の裏表紙には「世界中の読者の感動を呼」んだ「究極のラブストーリー」とあるが、個人的にはそうは思えなかった。

まず、前半の冗長さに挫折してしまい、大分読み飛ばしてしまった;
もちろん描写が精緻で綿密に練られたゆえの長さであり、この部分によって主人公のブライオニーをはじめ登場人物が生きてくるわけだし、退屈とも思えるほどのゆったりした時間の中で恋人たちの愛が描かれ、それゆえに「事件」が起きてからの悲劇性が一層際立つ訳だが。
それにしても長すぎる…!

翻訳もの独特の読みにくさも強く感じた。
海外作品の独特の言い回しになじめないのか、翻訳が合わないのか、どちらなのかはわからない。

それと、何よりも作中の「事件」が、その顛末も含めて、どうしても受け入れがたかった。
「魂の殺人」とも呼ばれる性犯罪を、ラブストーリーの中の小道具のひとつとしてカタルシスとともに綺麗に流してしまうことは、私にはできない。
奇しくも同じタイトルの湊かなえ氏の『贖罪』に嫌悪感を覚えたのも、この点だ。ただ、湊氏の場合は「イヤミスの女王」と言われるだけあって、あえてそういう題材を作品の中心に据えたのだろうと考えれば(そもそも綺麗な話にする気など毛頭ないのだし)まだマシだ。
けれど、本作の場合は別だ。これを綺麗に描いてしまうあたり、やはり男性の作者だなと思わずにはいられない。
もちろん、すべての題材にケチをつけていたらキリがない。殺人は残酷だと言ってしまえば、コナンも見れなくなってしまう。それにたとえ犯罪など倫理に反する内容でなくても、人によっては、例えばある宗教の熱心な信者だったら、その宗教をネタにされたり批判されるのは我慢ならないだろう(実際、かの有名な殺人事件も起こっている)。
結局のところ受け入れられるかどうかというのは人それぞれ、ということだろう。



それでも☆をつけたのにはいくつか理由がある。
一つは、長すぎて挫折した前半ではあったが、それはこれでもかというほど「ブライオニー」を描いていたからであって、少女独特の未熟さ、それゆえの残酷さが際立っていたこと。
同じようなことは、サガンの『悲しみよこんにちは』でも感じたが、ブライオニーの方がより幼い分、性の側面(無知ゆえの罪)が重みを増す。

それから、ブライオニーが見習い看護婦として、戦地で負傷した兵士たちと向き合う場面の描写が、とても印象に残ったこと。
淡々とした、突き放すような筆致で描かれる、兵士たちの生々しい傷や死。
前半の、絵の具を細かく塗り重ねていくようなブライオニーの内面や行動の描写とは対照的で、筆力を感じる。

そして、最後の「わたし」の述懐。

結局のところ、ラブストーリーとしての部分より、その他の部分が私には印象に残った。







==============

最良の本は我々に絶えず問を掛けてくる本である。かくして問答が始まる。問は問に分れ、答は新たな問を生み、問答は尽きることなく発展してゆく。(三木清)




今まで読んだ本の記録→本棚
レビューの記録だけでなく、引用も記録できるので、重宝しています。
引用だけをまとめて見ることもできるので、時々、まとめて読んでいます。
本の感想を書き込もう web本棚サービスブクログ

興味のあるジャンルの本にもっと出会うべく、こちらも始めてみました。


にほんブログ村 その他日記ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

テーマ : 読んだ本。
ジャンル : 本・雑誌

tag : 贖罪 イアン・マキューアン

日常の中に内在する「生」と「死」を鮮やかに描いた傑作短篇集。 『星々の悲しみ』
『星々の悲しみ』  宮本 輝 ★★★★★



喫茶店の壁にかかっていた一枚の絵「星々の悲しみ」。この薄命の画家の作品を盗み出し、ひとり眺め入る若者を描く表題作のほか、不思議なエネルギーをもつ輝かしい闇の時代・青春のさなかに、生きているあかしを、はげしく求める群像を、深い洞察と巧みな物語展開で、みごとに描いた傑作短篇の数々。
(裏表紙より)







日常の中に内在する「生」と「死」を鮮やかに描いた傑作短篇集。


「星々の悲しみ」

青春の煌きの中に、生と死の狭間で揺れる心が描かれている。
深くて碧い湖のような、圧倒的な透明感と、光と闇のコントラストを持つ作品。
「青が散る」を初めて読んだときの、心の奥深くを揺さぶるような静かな感動が蘇ってきた。
登場人物は、みな真っ直ぐで、汚れたり捻くれたところがなくて、愛すべき弱さと不器用さをもっている。

主人公の「ぼく」は、医学部を志望する浪人生。「猛烈な勉強をしてやろう」と決心しつつ、それに見合うだけの努力ができずにいる。予備校をサボって入った図書館で見かけた女性に惹かれ、彼女にいいところを見せたい、再び会いたいという思いだけで図書館に入り浸る。そこで、同じ予備校でいつも最前列で授業を受けている二人と出逢う。絵に描いたような二枚目で成績もトップクラス、女性に対しても余裕でウィットに富んだ有吉と、絵に描いたような三枚目で成績はギリギリながら人一倍努力を重ね、女性に対して真っすぐで情熱的な草間。対照的な二人の友人と、「星々の悲しみ」という絵画、「ぼく」が惹かれた女性と妹の加奈子のかかわりの中で、「ぼく」の心が描かれていく。

生と死を軸に、目的に向かって一途に打ち込めない弱さ、一方通行の淡い恋、将来への不安、つかの間の出逢いと別れ、アイデンティティのゆらぎなど、一人の人間の生の煌きとどうしようもない寂しさ、モラトリアムの中でもがく青年の姿を、静かな筆致で、それでいて温かい眼差しで描いている。
解説者は巻末で、「青春とは、ナイーヴでいて力づよく、またみにくさも恥も透かしてしまう不思議なエネルギーをもつ輝かしい闇なのだ」と述べている。「星々の悲しみ」という、作中に登場する絵画のタイトルでもある題名が、すべてを表している。
盗んだ絵の見方が変わり、やがてその絵を返すというドラマと、その流れの中での出会いと別れを通して、「ぼく」の心の変化―迷いの中から前を向くまで―を見事に描いている。
ラストの文章にも、心の奥底からこみ上げるような感動を覚えずにはいられない。

私はこういう作品を待っていた。


「西瓜トラック」 「火」

宮本氏の作品のもう一つの特徴である、昭和期の庶民の生活の匂い立つような描写が印象的。
毎回見事だとは思うけれど、見事であるがゆえに生々しく、こちらの系統の作品は個人的には苦手だ。


「北病棟」

生と死の対比が、この短篇集の中ではある意味最も直接的に描かれた作品。


「小旗」 「蝶」

タイトルからもわかるように、日常生活の中にあるものを鍵に、市井に生きる名もなき人々の生を鮮やかに描いている。
それにしても宮本氏は、何気ないモチーフを軸に、心の奥深くを彫刻のように描き出すのが本当に上手い。
五感に訴える描写、モチーフの選択、生と死・明と暗・若きと老いのコントラスト、余韻の残し方が、本当に見事。
この人は実は短篇向きなのではなかろうかと思うほど。
赤い小旗と、薄暗い理髪店の店内で揺れる何百もの蝶が目に浮かぶ。特に、生と死を軸にしたこの短篇集の中で、生と死の狭間で時間を止められているとも言える「標本」というモチーフは、とても象徴的だ。


「不良馬場」

ラストに最も衝撃を受けた作品。

正直初めはあまり興味を持てなかったが、後半、話が寺井の視点に移ってからは、読んでいくうちにいつしか、ケンちゃん、ヒデさん、高嶋さん、金さん、おばちゃんといった寺井と同じ病棟の面々が好きになっていった。
彼らは死が身近でありながらも、捨て鉢とは違う、達観しているともいうべき、不思議な明るさとエネルギーをもっている。(もちろん、それと対をなすトウホクさんの死も描かれている。光を描くのに闇を使う、宮本氏の真骨頂である。解説の「暗さと放埓さのまじりあう世界」が言い得て妙。)

初めは悲観的であった寺井も、競馬場で仲間と過ごした日々のことを花岡に話していくうちに、次第に生きる活力を取り戻していく。
互いに苦い思いを抱きながらも一筋の光を見出して未来へ向かっていく二人のように、目の前を二頭の馬が駆け抜けていく。
ここで終わっていれば、何の変哲もない物語なのだが、そうではないところが宮本作品。
ラスト1ページ弱の衝撃。読み終わって、しばらく呆然としてしまった。
「星々の悲しみ」に始まり、この話を最後にもってくる憎さ!
これはぜひ読んで、感じてほしい。



文学にも女性的、男性的なものがあると思う。それは単に、男性の方が力強く、女性の方が繊細、などという単純なものではなく、女性的な目線、男性的な目線、という意味においてだ。
そういう意味では、宮本氏の作品は、基本的にとても男性的であると感じる。「西瓜トラック」などの作品にみられるような、少年の性に対する視点は、男性でなければ描けないだろう。「錦繡」が合わなかったのは、宮本氏が描く女性視点に違和感を覚えたことも大きかった。
ただ、同時に、青年期の男性の繊細で危うい心の機微を描いた、「青が散る」や「星々の悲しみ」のような作品はとても好きだ。
氏の作品の中でも、好きな作品とそうでない作品に分かれるのはなぜか、この短篇集に出逢うことでわかってきた気がする。

作中で「ぼく」が読んでいた「ツルゲーネフ全集」を、読んでみたくなった。



それにしても、「青が散る」といい「星々の悲しみ」といい、A●azonでも此処でも、なぜこんなにレビューが少ないのか・・・古い作品ということもあるけれど、空気感が静かすぎるのかなぁ。
もっと評価されるべき素晴らしい作品だと声を大にして言いたいです!(個人的な感想です)








==============

大切なのはどの本、どんな経験を持つべきかではなく、それらの本や経験のなかに自分自身の何を注ぎ込むかだ。(ヘンリー・ミラー)




今まで読んだ本の記録→本棚
レビューの記録だけでなく、引用も記録できるので、重宝しています。
引用だけをまとめて見ることもできるので、時々、まとめて読んでいます。
本の感想を書き込もう web本棚サービスブクログ

興味のあるジャンルの本にもっと出会うべく、こちらも始めてみました。


にほんブログ村 その他日記ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

テーマ : 読書メモ
ジャンル : 本・雑誌

tag : 文春 宮本輝 青春 生と死

なんとなく一言
管理人

映(えい)

  • Author:映(えい)
  • マイペース更新。

    ラーメンを食べながら、時々本を読む社会人。
    心を揺さぶる本、価値観を変えてくれる本、爽やかさとともに苦さや切なさを感じさせる本、表現が美しい本、静かな感動を起こしてくれる本、心の奥深くに沁みる本、重さの中にも透徹した雰囲気を持つ本、知的好奇心をくすぐってくれる本、が好きです。


    おもしろそうなのがあったので始めてみた→コトノハ



    【お知らせ】
    PCのお気に入りに登録していたブログをサイドバーのリンクリストに移してます。
    あくまで自分のお気に入り的な感覚なので、「リンクする場合はご一報ください」などの断り書きのないブログさんは特に報告をしていません。
    被リンクを拒否したい方はお手数ですがコメントください。

    本ブログはもちろんリンクフリーです。
    (商用・アダルト・掲示板ログ的なブログを除く)








    ↓カウンター↓




    ↓ランキング参加中。気が向いたら応援よろしくお願いします。↓
    にほんブログ村 その他日記ブログへ
    にほんブログ村
    にほんブログ村 本ブログへ
    にほんブログ村
    ランキングバナー

    ↓新たなブログとの出逢いに。↓
    BlogPeopleガチャガチャブログ
カレンダー
04 | 2018/05 | 06
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
月別アーカイブ

2018年 05月 【1件】
2018年 02月 【1件】
2018年 01月 【1件】
2017年 12月 【1件】
2017年 10月 【1件】
2017年 09月 【1件】
2017年 07月 【1件】
2017年 06月 【1件】
2017年 05月 【2件】
2017年 04月 【3件】
2017年 03月 【1件】
2017年 02月 【1件】
2017年 01月 【1件】
2016年 12月 【1件】
2016年 10月 【2件】
2016年 09月 【1件】
2016年 08月 【3件】
2016年 06月 【1件】
2016年 05月 【3件】
2016年 03月 【3件】
2016年 02月 【1件】
2016年 01月 【2件】
2015年 12月 【3件】
2015年 11月 【2件】
2015年 10月 【2件】
2015年 09月 【4件】
2015年 08月 【4件】
2015年 07月 【2件】
2015年 06月 【4件】
2015年 05月 【2件】
2015年 04月 【2件】
2015年 03月 【2件】
2015年 02月 【3件】
2014年 10月 【1件】
2014年 08月 【1件】
2014年 07月 【2件】
2014年 06月 【1件】
2014年 04月 【1件】
2014年 02月 【3件】
2013年 12月 【1件】
2013年 08月 【3件】
2013年 05月 【1件】
2013年 03月 【2件】
2012年 12月 【1件】
2012年 03月 【1件】
2011年 11月 【1件】
2011年 09月 【2件】
2011年 05月 【2件】
2011年 04月 【4件】
2011年 02月 【4件】
2011年 01月 【9件】
2010年 11月 【2件】
2010年 10月 【4件】
2010年 09月 【5件】
2010年 08月 【1件】
2010年 07月 【3件】
2010年 06月 【1件】
2010年 05月 【2件】
2010年 04月 【2件】
2010年 03月 【7件】
2010年 02月 【4件】
2010年 01月 【4件】
2009年 12月 【2件】
2009年 11月 【6件】
2009年 10月 【4件】
2009年 09月 【3件】
2009年 08月 【6件】
2009年 07月 【9件】
2009年 06月 【7件】
2009年 05月 【8件】
2009年 04月 【5件】
2009年 03月 【9件】
2009年 02月 【13件】
2009年 01月 【10件】
2008年 12月 【7件】
2008年 11月 【7件】
2008年 10月 【4件】
2008年 09月 【6件】
2008年 08月 【7件】
2008年 07月 【5件】
2008年 06月 【7件】
2008年 05月 【11件】
2008年 04月 【14件】
2008年 03月 【17件】
2008年 02月 【24件】
2008年 01月 【10件】
2007年 12月 【10件】
2007年 11月 【11件】
2007年 10月 【13件】
2007年 09月 【11件】
2007年 08月 【21件】
2007年 07月 【9件】
2007年 06月 【4件】
2007年 05月 【7件】
2007年 04月 【2件】
2007年 03月 【8件】
2007年 02月 【3件】
2007年 01月 【4件】
2006年 12月 【1件】
2006年 11月 【3件】
2006年 10月 【3件】
2006年 07月 【2件】
2006年 06月 【7件】
2006年 05月 【16件】
2006年 04月 【8件】
2006年 03月 【6件】
2006年 02月 【4件】
2006年 01月 【4件】

カテゴリー
記事
コメント
トラックバック
検索フォーム
RSSリンク
御用達
倉庫



↓ダジャレ図鑑(笑)↓



リンク(サイト名マウスオンで説明表示~)