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日常に潜む隙間に、ふと迷い込む感覚を覚える。 『透明な迷宮』
『透明な迷宮』  平野 啓一郎 ★★★★☆



深夜のブタペストで監禁された初対面の男女。見世物として「愛し合う」ことを強いられた彼らは、その後、悲劇の記憶を「真の愛」で上書きしようと懸命に互いを求め合う。その意外な顛末は……。
表題作「透明な迷宮」のほか、事故で恋人を失い、九死に一生を得た劇作家の奇妙な時間体験を描いた「Re:依田氏からの依頼」など、孤独な現代人の悲喜劇を官能的な筆致で結晶化した傑作短編集。
(裏表紙より)







筆者の唱える「分人主義」が私の考え方に合うのではないかと人に勧められて、初めて読んだ平野作品。

短編集で、どの作品も、日常と非日常の絶妙な按配で、日常という安定の中に潜む隙間にふっと落ち込んでしまうような、何とも言えない漠然とした不安定さを感じさせる。
日常的に読むにはきついけれど、思わず自分の存在を見直したくなるようなこういう哲学的な作品は、嫌いではない。
村上春樹作品は比喩などの言い回しが抽象的すぎて、なかなかすっと読みにくいものが多いけれど、この短篇はいずれも、一見突拍子もない設定なのに、自然に入ってくるシンプルな文体のおかげで、日常に違和感なく溶け込んでいる。だからこそ、その日常に潜む隙間に気づいてしまった時、余計に動揺する。



表題作の「透明な迷宮」は、設定が突飛すぎて、最後までどうにも受け入れられなかった。
「彼らの一瞬は、永遠へと飛躍しない。」(P97)という言葉が、いやに気取った言い回しで浮いているように感じられたのだけれど、なぜか強く印象に残ってしまっている。なんだか、筆者の思う壺のような気もしないでもないが…。

「消えた蜜蜂」世界観は、この本の中で一番好きな作品。

「family affair」ストーリーに特別感じるものはなかったが、拳銃というアイテムと登志江の心が読めない表情が、物語に独特の緊張感を生み出していて、なんとなく最後まで引きこまれてしまった。

「火色の琥珀」火に恋する男の独白。いやいやありえないだろ…と思いつつ、読んでいくうちに理解できるような気になって、段々違和感がなくなってしまったのが怖い。

「Re:依田氏からの依頼」時間という一つの感覚をモチーフとして、自分が見ている世界の不確かさ―同じものを見ていても、決して他者と「同じ」ようにはとらえられない、絶対的な孤独のようなものを感じて、そういう意味ではとても共感した。
歩行者や車の動きやエスプレッソマシンから滴る雫の描写からは、目に見えない時間の感覚を鮮やかに思い浮かべることができて、とても面白かった。
数年前、「第六感」をテーマにしたあるテレビ番組で、人とは違う色覚をもつ人のことを取りあげていた。その人たちは通常の人よりも色を「細かく」知覚することができる。私たちには全く同じ色にしか見えないいくつもの「赤い」トマトを、「黄色っぽい」ものや「暗い赤」のもの…と区別していた。印象派の画家には、そういった繊細な色覚を持つ人が何人もいたのかも知れないのだという。そんなことを、ふと思い出した。



この短編集のいずれの作品にも言えることだけれど、境界や段差を感じさせずにまるでスロープのようになめらかに、気づけば日常や自分の価値観とは全く違う場所に導かれてしまっている―そんな感覚にさせられたのは、やはり筆者の筆力だろう。
この人は作品ごとに文体も色々変えているようだから、他の作品が好きになれるかはわからないが、もっと読んでみたいと思った。







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読書しているときはわれわれの脳はすでに自分の活動場所ではない。それは他人の思想の戦場である。(ショーペンハウアー)




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tag : 平野啓一郎 分人主義 透明な迷宮

人生の大きな目標を感じ、心が熱くなる作品。 『三十光年の星たち』
『三十光年の星たち』  宮本 輝 ★★★★☆

 


彼女にも逃げられ、親からも勘当された無職の青年、坪木仁志は謹厳な金貸しの老人、佐伯平蔵の運転手として、丹後・久美浜に向かった。乏しい生活費から毎月数千円を三十二年に渡って佐伯に返済し続けた女性に会うためだった。そこで仁志は本物の森を作るという運動に参加することになるのだが――。
若者の再起と生きることの本当の意味を、圧倒的な感動とともに紡ぎ出す傑作長編。
(上巻裏表紙より)







『青が散る』に心を揺さぶられて以来、宮本作品を続けて読んできたけれど、やっと『青が散る』と同じ空気感をもった作品に出逢えた気がする。

主人公は、弱いところもあるが、純粋で真っ直ぐな心をもった一人の青年。佐伯老人との出逢いを機に、人生の目的を見いだしていく。

『青が散る』の燎平が辰巳教授に導かれたように、主人公の仁志は佐伯老人に導かれる。
純粋な、それでいてまだ自分の道を見定めていない青年を、厳しく温かく見守る、人生の先達だ。
見えないものを見ようと努力する。自分を磨くには、働いて働いて働き抜くか、叱られて叱られて叱られぬくこと。人生の本当の勝負は三十年後から。
辰巳教授の言葉が多く印象に残ったように、佐伯老人が仁志に投げかけた言葉が心に残っている。

事件や病気など、「できごと」を核にした作品は、ドラマチックだし心を揺さぶりやすい。けれど、私が好きなのはそういう作品ではない。かと言って、なにげない日常を描いて、なんとなく心に沁みたり、ほのぼのできるような、ふわっとした作品でもない。日常の中にある葛藤や、人との出逢いを通した心の変化、日々の生活の中で見出す生きることの意味、真っ直ぐに生きることの大切さ、暗さや重さもありながらそれでもなお光り輝く青春―そういったものを描いた作品だ。
『青が散る』やこの作品のように、できごとではなく日常の中にある「生きることの意味」を正面から描いた作品は、どれだけあるだろう。

この作品に出逢えたことで、ようやく自分が求めているものが具体的にわかり始めた気がする。

(蛇足ですが、☆-1は、仁志と佐伯以外の登場人物の魅力が物足りなかったこと、所詮金持ちの話だよなぁ…と思ってしまう部分がどうしてもあったこと、「ツッキッコ」という店名のいまいちなセンス、表現の一つ一つとか、そういう細かい部分で、やはり『青が散る』のもつ研ぎ澄まされた透明感と重厚感には及ばなかったからです。)







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読書の時間を大切にしなさい。一冊の本との出会いがあなたの生き方を変えてくれることだってあります。(ジョセフ・マーフィー)




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tag : 宮本輝 三十光年の星たち 人生

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映(えい)

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    ラーメンを食べながら、時々本を読む社会人。
    心を揺さぶる本、価値観を変えてくれる本、爽やかさとともに苦さや切なさを感じさせる本、表現が美しい本、静かな感動を起こしてくれる本、心の奥深くに沁みる本、重さの中にも透徹した雰囲気を持つ本、知的好奇心をくすぐってくれる本、が好きです。


    おもしろそうなのがあったので始めてみた→コトノハ



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