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鮮やかで生々しい、生のドラマ。 『春の夢』
『春の夢』  宮本 輝 ★★★☆☆



生きた!愛した!闘った!
めくるめく、あの青春の日々よ。
――なき父の借財をかかえた一大学生の、憂鬱と人生の真摯な闘い。それをささえる可憐な恋人、そして一匹の小動物……。
ひたむきに生きようとする者たちの、苦悩とはげしい情熱を、一年の移ろいのなかにえがく青春文学の輝かしい収穫!(裏表紙より)







『青が散る』で著者の心理描写と情景描写にハマり、初期の作品を集めて読み始めた、『青が散る』に続く(私にとっての)2作目。同じ著者の「青春小説」ということもあり、どうしても比較してしまうところがある。



「青春の光と影」という大きなテーマは『青が散る』に通じるものがあるが、『青が散る』では、恋愛や一つのものに打ち込み挫折していく中での心の成長といった内面の動きを軸に描かれていたのに対して、本作は「生と死」という要素が強い。
『青が散る』でも安斎の死が描かれていたが、それはあくまで主人公の心を動かす出来事のひとつであり、終盤に通り過ぎていくだけである。しかし、本作では、「生と死」は、蜥蜴のキンや歎異抄、磯貝の病気、ラング夫妻の心中騒動、利休と茶道、沢村千代乃にいたるまで、全編を通して中心を貫くテーマになっている。
そのため、宗教観も強くというほどではないがはっきりと現れており、抵抗感を感じる人もいるだろう。

生と死と同時に、人間の、何とも言えない「生々しさ」が描かれている。
例えば、『青が散る』とは違って、主人公の哲之にはすでに陽子という恋人がいて、序盤から性的な場面が何度も出てくる。(もちろん、描き方は綺麗なのだが、あまりに頻繁なので、少々辟易してしまった)
哲之は借金取りに追われ、最終的に半殺しの目に遭う。
頼りになると思われた友人も、実は友情ではなく、彼自身の自尊心のために哲之を援助している。
哲之のバイト先のホテルの人間は、権力と保身のことで頭がいっぱいで、常に互いに顔色を窺い、隙あらば陥れようとする。
ホテルに来る客も、恐喝や詐欺をする連中も多い。
哲之と陽子も、互いに愛し合いながらも、他の異性に打算的に惹かれる。
人生の何たるかを悟ったかに見えた、聖人のような沢村千代乃の、本当の顔。
もちろん、母や磯貝など、哲之の近くにいて信頼に足る人間もいるが、多くは悪人とは言えないかもしれないが、決して善い人間であるとは言えない人間ばかりだ。この点が『青が散る』とは最も違う部分ではないかと個人的に思う。

『青が散る』では、穏やかで透明感のある空気の中にある、圧倒的な質量のようなものが絶妙に心に響いたせいか、本作はあまり好きにはなれなかった。
それでも、表現という点においてはやはり凄いと何度も感じた。
『青が散る』でも感じたことだが、著者は労働者の(特に低所得者層の)生活を描くのが本当に上手い。舞台が大阪であり、著者も関西の生まれであることも、作品にリアリティを生んでいるのだろうか。
それから、日常生活の中の他愛ない会話。哲之と陽子、そして大学の友人たちの会話、母と哲之の会話など、読んでいると登場人物たちが話している情景が生き生きと目に浮かんでくる。
このあたりは、さすが。



ところで、本作の重要な登場動物?である、蜥蜴のキン。
哲之は、最初は気味悪がって、一時は見殺しにしようとしながら、徐々に情を寄せていく。著者は、キンをただ可愛いペットとして登場させるのではなく、釘づけにすることで、生と死という大きなテーマの中に哲之の心を引き込んでいく。物語の最初のほうでは、正直違和感があったが、話が進むにつれ、キンと哲之の一体感、そして物語のテーマとの一体感が増してくる。このあたりは巧さだろう。
しかし、このキンの結末は…!読み終わった後に、うーん!と唸ってしまった。
が、読み終わってしばらく経って考えてみると、まさにこの結末しかないのだろう。
哲之と、私たち読者がキンに親近感を抱き、それがピークになったところで、すっと突き放す。それは、決して相容れない人間と動物の生の間の壁であるようにも思えるし、キンにとっても哲之にとっても自立の時が来た象徴であるようにも思える。
この結末だからこそ、物語に何とも言えない余韻が残るし、タイトルの「春の夢」がピッタリなのだろう。







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紙上に書かれた思想は、砂上に残った歩行者の足跡に過ぎない。歩行者のたどった道は見える。だが歩行者がその途上で何を見たかを知るには、自分の目を用いなければならない。(ショーペンハウアー)






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