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川を舞台にした、人間の命溢れるドラマ。 『泥の河 螢川 道頓堀川(川三部作)』
『泥の河 螢川 道頓堀川(川三部作)』  宮本 輝 ★★★☆☆



よどんだ水に浮ぶ舟べりから少年は何を見たのか?
幼い眼でとらえた人の世のはかなさを描く、処女作「泥の河」。
北陸・富山に舞う幾万の螢を背景に、出会い、別れ、そして愛を濃密な情感と哀切な叙情にこめてとらえた「螢川」。
ネオン彩る都会の一隅にくりひろげる父と子の愛憎劇を軸に、男たち女たちの人情の機微をからめた「道頓堀川」。
川を背景に独自の抒情を創出した宮本文学の原点三部作。
(裏表紙より)







「泥の河」
太宰治賞を受賞した、著者のデビュー作。
著者自身のあとがきにもあるが、『青が散る』と比べると(ここから宮本作品に入ったので、どうしても比べてしまう)やはり言葉が多いように思う。読み始めてから作品に入るのにだいぶ時間がかかった。
しかし、子ども特有の繊細さや危うさ、貧困と倫理(例えば、死んだ人の物を盗むか盗まないか)、そして大人の性を一つ一つ浮びあがらせていく筆致に、気づけば作品の世界にのめりこんでいた。青く燃える蟹と、波打つ男の背中が目の前に浮かぶ。読後は、何とも言えない感情で胸がいっぱいになる。
これがデビュー作、当時著者は(計算上)30歳であったことを思うと、この表現力と構成力はさすがと言うほかない。

「螢川」
特に印象なし。儚い蛍と人の生を重ねるのは、他の作品でもよく見かける。テーマは全く違うが、「火垂るの墓」なんかと比べてしまうと、深みが足りない感は正直否めない。
芥川賞を受賞した作品らしい。うーん・・・。

「道頓堀川」
三部作の中では一番明るい(光と影の光の部分が強い)作品。武内と政夫の親子を軸に話が進む。武内の若いころから政夫が同じくらいの年になるまでが描かれており、短編というより中編の分量。
武内と、武内に世話になっている政夫の友人の邦彦の視点で話が進む。途中で語り手が変わる作品は、個人的にあまり好きではない。登場人物が多いこともあって、読み進んである程度人物のイメージが浮かぶまでは混乱してページを戻ることもあった。ただ、実際、人は色々なところで色々な人と関わって生きているから、そういう意味ではリアリティを感じる部分でもあるか。
最後の武内と政夫の勝負には、胸が熱くなった。
登場人物の中では、ゲイボーイのかおるがいい味出していて、個人的に好きでした。

三部作を通して見てみると、どれもひんやりとした死の匂いがする。だからこそ、その裏返しで「生」が熱を帯びた動的なものになる。哀しさの中にあっても前を向いて生きていく、静かな力強さを感じる。
田舎や地方、特に大阪を舞台にした作品は人間臭さが強すぎて苦手なのだが、裏を返せばそれだけ情景や心理描写がリアルだということでもある。人間の感情と関係の描き方、情感鮮やかなクライマックスへ向かうストーリーのもっていき方、土の匂いや太陽の熱までも感じさせられるような表現の豊かさには、感動さえ覚える。
けれど、それと好きかどうかは別だ。好きかどうかと言われれば好きではないのだが、緻密で重厚で素晴らしい作品だと思う。






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人間は書物のみでは悪魔に、労働のみでは獣になる。(徳冨蘆花)

至言です。
私の職業(教員)は、言ってみれば書物と労働の両方を兼ね備えた職業ではありますが、その分自己を過信しないように気をつけなければいけないのだと思います。




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小さな命への、温かい眼差しと愛に溢れている。 『ネコはどうしてわがままか』 
『ネコはどうしてわがままか』  日高 敏隆 ★★★★☆



飼ってもフンが見つからないドジョウのえさは?オタマジャクシを脅かすと皆一斉に逃げるのはなぜ?雌雄同体のカタツムリはなぜ交尾する?
アブラムシ、ボウフラ、ムカデ……みんなみんな生き物たちの動きは不思議に満ちています。
さて、イヌは飼い主に忠実なのにネコはわがままなのは、一体なぜでしょう?
動物行動学の第一人者が、ユーモアたっぷりに解き明かす自然の知恵のいろいろ。
(裏表紙より)







日常の中でいつも目にしてはいるものの、特段興味を払うことはないような小さくて身近な生物たちへの、著者の温かい眼差しと愛に溢れている。
それぞれの生き物について、挿絵も含めて4ページ以内で、何気なく目にする生き物たちの行動の不思議が解説されている。
それらももちろん面白かったが、生き物たちの不思議に魅せられ、あの手この手で解明しようとする、著者をはじめとする人間たちのピュアな情熱も描かれていて、理系出身で生物に関わったことのある私にはとても微笑ましく、面白かった。中でも、セミの鳴き声の秘密を探るために、かの有名なファーブルがセミの近くで大砲をぶっ放したという話には、思わず笑いが込み上げた。
また、大嫌いな毛虫ですら可愛く見えてしまう、大野八生さんのシンプルでありながら温かみのあるイラストも、とても良かった。

読み終えたときには、きっとこう思うはずだ。「生物って面白い!」
小中学生にぜひ読んで欲しい本。

☆-1は、タイトルが誤解を招きやすい(実際、ネコの本だと思って買ったら期待外れだった、との声も見られる)のと、個人的にはもう少しそれぞれの生き物について掘り下げて欲しかったため。
タイトル自体はとても好きなので、せめてサブタイトルがあれば。






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自然は一冊の書物である。不可解であり、しかも歴然と明白なるものだ。(ゲーテ)

来年はもう少しコンスタントに更新することが目標です。
数少ない記事に拍手頂いたみなさま、ありがとうございました。




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小説は創作だが、「戦争」はそうではない。 『永遠の0』
『永遠の0』  百田 尚樹 ★★★★☆



「娘に会うまでは死ねない、妻との約束を守るために」。そう言い続けた男は、なぜ自ら零戦に乗り命を落としたのか。終戦から60年目の夏、健太郎は死んだ祖父の生涯を調べていた。
天才だが臆病者。想像と違う人物像に戸惑いつつも、一つの謎が浮かんでくる――。記憶の断片が揃う時、明らかになる真実とは。
(裏表紙より)







戦闘機乗りとして特攻で亡くなった一人の男の人生が、彼と共に時間を過ごし戦争を生き残った関係者たちの言葉から明らかになる、という話。そこに、その男の孫である主人公の青年とその姉の物語が絡み合ってくる。

この小説には、宮部久蔵という架空の人物に関わる人間として、実在した人物も多く登場する。
知識として特攻や戦艦、零戦、回天、桜花などについては少しは知っていたつもりでいたが、そこには現実に命を落とした生身の人間がいるということを、読みながら肌で感じた。
ちょうど本作を読んでいるときにテレビで劇場版相棒3を観たこともあって、私たちが今享受している「平和」とは何なのか、改めて考えさせられた。(以下、レビューから脱線するので追記内)



本作では、面子や経歴を重んじ、人を人とも思わず駒のように使い捨てにし、浅はかな作戦の元に若者を大勢死なせた軍上層部(もちろんすべての上層部がそうであった訳ではないが)の愚かさ、決して自ら志願し喜んで国のために死んだのではない特攻兵の姿が何度も描かれているが、それでも「戦争批判に見せかけた戦争賛美だ」という批判があるという。
それは、一人の特攻兵であった宮部の人生をことさら感動的、悲劇的に描くことで、結果的に特攻を美化している、ということらしい。

確かに、それは間違っているとは言えない。しかし、本人がそう思っていたにしろなかったにしろ、一個人ではなく国のために戦う兵士として亡くなっていった人たちをことさらに人間扱いしない方が、逆におかしいのではないかと思う。
戦争とはとても残酷で不条理なものであると同時に、そこには血の通った人間が関わっていて、一人一人の命の分だけ苦しみや悲しみがある。味方も敵もだ。本作は、その両面を描いているのに、一面だけを取り出して「戦争賛美だ」と批判するのは、違うと思う。

だからこそ、巻末の児玉清氏の「解説」は酷い。
「零戦ファンをわくわくさせる」「戦闘機のパイロットはまさに剣豪を思わせる存在であったことを知り、僕は拍手喝采した」「涙の流れ落ちたあと、僕の心はきれいな水で洗われたかのごとく清々しさで満たされた」など、ことさらに美化しているのは著者ではなく彼ではないかとすら思う。どこが「解説」だ。
私個人は、この作品からそんな清々しい感動などは感じなかった。宮部の生き方に胸が詰まるからこそ、そんな宮部を死に追いやった戦争の不条理さや苦々しさがより強く感じられた。
もちろん作品は著者の手を離れた後は読者のものであるから、作品をどう捉えようが個々人の自由だと私は思うし、結局著者の本当の意図などわかりはしないが、「解説」としてこんなものを載せていいのだろうかと思う。(考えようによっては、載っているということは著者がこれを良しとしたということなのか。そうであれば、私の感じ方の方が結果としては著者の意図とずれているということになる。それは個人的にはとても残念だ。)



☆-1は本筋とは関係のない部分なのであまり細かくは書かないが、処女作ということもあるのか、表現の部分で気になるところがいくつか見られた(違う人物が話しているのに、話題転換の表現(「話を戻そう」など)が一緒であることなど)。
それと、姉の恋愛話は必要だったのか…という疑問はあるが、過去に生きた人の人生を辿りながら今を生きる私たちが自分の人生を見直す、という意味においては、主人公の姉がそのモデルになって、私たちと作品を繋ぐ役割をしているのだろう。
それから、これも本筋からは脱線してしまうのだが、百田氏にはその言動がもとでアンチがかなり存在する。そのせいか、本作への批判にはかなり感情的なものも見られる。(ネタがネタだけに、元々賛否両論になるのは当然でもあるが。)小説である以上、作者の主義思想が反映されるのは当たり前だが、作者個人に関する情報が色眼鏡になって作品の見方を曲げてしまうのは残念に思う。



小説として一流だとは思わないが、戦争とはどういうものなのか今までよりも具体的にイメージできるようになり、戦争と平和について考え直すきっかけになったという意味では、私にとってはプラスになった。少しでも長くこの平穏な日常(あくまで私にとっては、だが)を保つためにも、過去の戦争の歴史についてきちんと学ばなければと思わされた。







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どうして本を読むのか。それは、物事を「相対的」に見るために必要だから。読書によって、自分を客観視する脳が鍛えられる。さまざまな事例やさまざまな人の心を読書によって感じとれるようになり、意識的か無意識的かは別にして、自分と照らし合わせることができるようになる。だから、大切なんです。(斎藤茂太)






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文字の間から漂う人間臭さ。 『真夏の犬』
『真夏の犬』  宮本 輝 ★★☆☆☆



野良犬に囲まれた夏の日の恐怖、転校してきた混血の美少女をめぐる争い、アル中の母と住んだ古アパート、奇妙な香具師が売っていた粉薬、同級生の女の子の危険なささやき……歳月のへだたりを突き抜けてよみがえる記憶を鮮烈に刻みつけ、苦悩と慰めの交錯する人生への深い思いを浮びあがらせた九つの短篇。
(裏表紙より)







『青が散る』にハマって読み始めた宮本輝作品の、短編集。

この短編集は、いずれも人間の「生臭さ」と人生の裏側とを強く感じさせる作品が集まっている。いずれも、読後感はいいとは言えない。『春の夢』で感じた低所得者層の生活臭を、さらに凝縮させたような作品。
それが、自分には合わなかった。綺麗すぎて何も残らない作品は、もっと苦手だけれど。(『青が散る』は本当にさじ加減が絶妙だった。)

ただ、合う合わないは別として、宮本作品らしい、シンプルでありながら匂い立つほど鮮やかに情景を浮びあがらせる、無駄のない的確な表現は、さすが。
特に、子どもの視点から大人の世界の「蓋をしたい部分」を見つめた、「真夏の犬」「階段」「赤ん坊はいつ来るか」といった作品は、エネルギーを感じる。



余談だが、本作を読んでいて、短篇と長篇の違いについて著者と解説者それぞれが語っていた内容が非常に印象的で、かつ個人的にとても腑に落ちたので、引用しておく。

―組んだ足場だけを見せて、その中にどんな建物が隠されているのかを、読者のそれぞれの心によって透視させるのが短篇小説であり、足場をすべて取り払って、構築された建造物の外観を披露し、内部がいかなる間取りなのかを考えさせるのが長篇小説ではないのか―(p225 宮本輝氏)

―長篇小説で大切なことは眺望であり、遠近法だが、短篇小説では一つの切り口、一つの角度、一つの風景が明確であれば全体は見えてくる。―(p237 饗庭孝男氏)








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良書を読むには悪書を読まぬことを条件とする。人生は短く、時と力とは限られているから。(ショーペンハウアー)






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究極の愛とは何か。 『沈黙』
『沈黙』  遠藤 周作 ★★★★★



島原の乱が鎮圧されて間もないころ、キリシタン禁制のあくまで厳しい日本に潜入したポルトガル司祭ロドリゴは、日本人信徒たちに加えられる残忍な拷問と悲惨な殉教のうめき声に接して苦悩し、ついに背教の淵に立たされる……。
神の存在、背教の心理、西洋と日本の思想的断絶など、キリスト信仰の根源的な問題を衝き、<神の沈黙>という永遠の主題に切実な問いを投げかける書下ろし長編。
(裏表紙より)







宗教とは何のためにあるのか。根本的な問いを突きつけられる。

私自身がキリスト教のミッションスクールに通っていた非キリスト教徒ということもあり、自分が身近にキリスト教に触れながら疑問に思っていた最も大きな問いを、作中のロドリゴも何度も発している。
それが、「神はなぜ沈黙を保っているのか」ということだ。これは、キリスト教だけでなく、多くの宗教について言えることかも知れない。
殉教の歴史は他の宗教にもあるだろう。聖職者が苦しみに耐えるのは理解できる。しかし、実際、迫害され、拷問されたのは、多くは私たちと同じ普通の人たちだ。拷問でなくても、戦争や事故、事件や病など、私たちの世界は理不尽な苦しみで満ちている。
―あなたはなぜ黙っているのです。この時でさえ黙っているのですか。―(P171)
ロドリゴの問いが重い。

この作品では、神に対する裏切りである「棄教」に、それは自分を犠牲にして弱き者のために生涯にわたって心の血を流すという究極の愛である、という全く逆の意味を持たせている。
キリスト教徒から見れば、遠藤の描いたこの解釈は「正しい」ものではないのかも知れない。しかし、貧しさに耐え、その上さらに拷問の責め苦にあっている農民たちを救うために絵を踏んだというロドリゴの行為を、誰が「間違っている」と言えるのだろう。

神は(少なくともキリスト教においては)私たちの為に何かをしてくれる存在ではない―思春期に身近にキリスト教に触れ、自分の思いとの矛盾に悩みながら、何年もかけてようやくわかったことだ。つまり、現世的な利益と神とは無縁なのだ。だから、苦しみから解放して欲しいと願うのも、ある意味間違いなのだと思う。
では、宗教とは何のためにあるのか。神とは何か。

生まれながらにして一つの宗教の価値観を唯一正しいものとして与えられていれば、選択の余地も、疑う余地もない。しかし、私はそうではない。多くの日本人がそうであるように。
遠藤自身もまた、母や叔母から「背負わされた」キリスト教の重みを青年時代に初めて自覚し、悩みながら自分のものとしてきたという。
その「自由」は果たして幸せなのか、そうではないのか・・・。



余談だが、作中ではロドリゴの師のフェレイラの言葉を通して、日本人の宗教観や思想についても述べられている。キリスト教が根付く根付かないについてはわからないが、日本人が「外から入ってきたものを自分たちに合うように形を変えてしまう」民族であるということはとても腑に落ちる。漢字やカタカナ語をはじめ、多くの文化がそのように発展してきたからだ。宗教もまた例外ではないだろう。
フェレイラはそのことに絶望していた。しかし、それは間違っているのだろうか。
それは結局のところ「宗教は何のためにあるのか」という問いに置きかえられるわけで、答えはまだ出そうにない。

ただ、作中のキリシタン禁制の時代は250年あまり(ちなみに、解禁されたのはおよそ150年前であることを考えれば、いかに長い期間であるかわかる。)も続き、聖職者たちが拷問や追放、棄教によって潰えた後も、隠れキリシタンによって「キリスト教」は綿々と受け継がれ、後に「東洋の奇跡」と呼ばれて世界を驚かせる歴史的な「信徒発見」へとつながるのである。(「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」が世界遺産として正式に認められれば、この歴史も国内外でもっと幅広く知られていくでしょう。)
この「キリスト教」は、長い期間聖職者たちがいなかったがために当然250年前に伝えられたものとは形が違っているわけだが、2014年に法王フランシスコによって公式にキリスト教の一員であると認められている。
このことは、異なる宗教同士が、または同じ宗教であっても異なる宗派同士が、狭い視野や形式の違いによって互いを非難し、いがみ合う世の中にあって、本当に大切なものは何か考えさせられる。



『沈黙』は海外でも高い評価(と同時に批判もあるが)を受けており、2017年にマーティン・スコセッシ監督の映画が公開される予定だ。
最初は全く興味が無かったのだが、窪塚洋介がキチジロー役を演じるというので俄然観たくなった。
窪塚は陰のある役、芯のある役、狂気を持った役が真骨頂だと個人的には思う。近年はなんだかよくわからない方向に行っているが、純粋に役者としての彼の存在感は唯一無二のものだ。
映画『沈黙』にも期待が高まる。

作品の背景などについて簡単に知りたい方はこちらがオススメ。




<追記17.3.31>
ブクログなどで他の人のレビューを見ていて、ロドリゴが踏絵を踏んだことを、心が折れた(本当に棄教した)、取り入れたものを日本式に変えてしまう日本人の気質(あるいは思想、価値観、性質・・・適切な言葉がうまく見つからない)に最終的には染められた、という解釈をしている人がいることに驚いた。
間違っているというのではなくて、そういう解釈もあるのだということに、恥ずかしながら初めて気付いたのだ。

私は無意識のうちに、自分の価値観に照らしてこの話を解釈していたのだと気付いた。
作品は作者の手を離れた時点で読者のものである、というような言葉をどこかで聞いたことがあるが、作品というフィルターを通して自分を見つめ直すのもまた、読書の醍醐味だなぁと改めて思う。







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小説というものは、迷っている人間が書いて、迷っている人間に読んでもらうものなのです。(司馬遼太郎)






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映(えい)

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    ラーメンを食べながら、時々本を読む社会人。
    心を揺さぶる本、価値観を変えてくれる本、爽やかさとともに苦さや切なさを感じさせる本、表現が美しい本、静かな感動を起こしてくれる本、心の奥深くに沁みる本、重さの中にも透徹した雰囲気を持つ本、知的好奇心をくすぐってくれる本、が好きです。


    おもしろそうなのがあったので始めてみた→コトノハ



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